
🔍 先に結論
- 引き継ぎは手順書だけでは足りません。「なぜその科目にしたか」という判断の理由も残します。帳簿には結果しか残りません。去年の自分の判断さえ残りません
- 判断は、6つの列で1枚の表(判断メモ)にすれば残せます。紙でもExcelでも作れます
- 私は自作ツールの銀行明細ルール表を使っています。並び順や「どれを手で入れるか」にも、判断が詰まっています
- 後任に渡すなら、判断メモのほかに取引先ごとの決まり・段取り表・ツールの使い方メモの3つです
引き継ぎがないと、帳簿に残るのは「結果」だけ
入社したころの私は、同じ取引を前にどう入れたかを、自分の過去の仕訳から探していました。やり方は2つです。
- 通帳と仕訳を並べて、「この入金はこの科目」を拾う
- 請求書や領収書と仕訳を並べて、「この支払いはこの現場」を拾う
この作業でいちばん困ったのは、科目が分からないことではありません。帳簿には「何の科目にしたか」は残っていても、「なぜその科目にしたか」が残っていないことでした。自分で入れた仕訳なのに、理由を思い出せないのです。
もし同じ相手への支払いが、月によって外注費と材料費に分かれていたら、どちらかが間違いなのか、中身が違ったのか、帳簿を見ただけでは分かりません。前任者がいなければ、聞く相手もいません。
「経理未経験で建設会社の経理を始めたら」で「調べたことはメモに残そう」と書きました。この記事はその次の段階で、メモを、去年の自分にも後任にも引き継げる「判断メモ」の形にする方法です。
判断の理由が残っていないと、同じ失敗をくり返す
迷った費用を、雑費にまとめていた
私が最初にやっていた失敗は、どの科目か迷った費用を「雑費」に入れることでした。気づいたのは、税理士に指摘されたときです。
雑費が多いと、何にお金を使った会社なのかが決算書から読めません。工事にかかった費用を、工事原価ではなく一般管理費の雑費に入れていれば、工事ごとの原価も実際より少なく見えます。
ここで大事なのは、科目の正解を覚えることではありませんでした。「迷った」という事実と、「聞いた答え」を、その場で1行残すことです。残しておけば、次に同じ取引が来たときの手がかりになります。後任が迷う時間も減らせます。

理由が残っていれば防げたかもしれない、ほかの2つ
雑費のほかにも、私は2つの失敗をしています。元請から支給された材料を材料費に計上して、粗利率がおかしくなったこと(「元請支給材料の仕訳」)。現場で働く人の給与を、事務の給与と同じ給与手当にまとめていたこと(「建設業の労務費の仕訳」)。どちらも、「この会社ではこう扱う」と1行あれば、防げたかもしれない失敗です。
科目の分け方は「工事原価の勘定科目一覧」と「工事原価と一般管理費の違い」をどうぞ。
判断を1枚に残す「判断メモ」の作り方
列は6つで足りる(最初は3つでいい)
判断メモは、通帳の文字や金額を手がかりに「どの科目に、どう入れるか」を残す表です。通帳だけで決まらない取引は、確かめる書類や条件も一緒に書きます。列は次の6つで足ります。
- 通帳の文字:摘要(通帳に印字される相手の名前や取引の種類)を、そのまま写します
- 入金か出金か:同じ相手でも、入金と出金で科目が変わります
- 金額の条件:「この金額ちょうどなら」のように、金額で見分ける取引だけ書きます
- 入れる科目:勘定科目と、必要なら補助科目(科目の中をさらに分ける名前。未払金の中の「〇〇カード」など)
- 判断の理由:なぜその科目にしたか。自動で決めてはいけない取引なら、手で確認する理由も書きます
- 最終更新日:その行を最後に見直した日。初めて書くときも、その日を入れます
最初の1行は、通帳の文字だけで決まる取引なら「通帳の文字」「入れる科目」「判断の理由」の3つで始められます。入金か出金か、金額で判断が変わる取引は、その条件も一緒に書いてください。残りの列は、慣れてから足して構いません。
見本:この形を自社に合わせて写せば、後任が使える
私の場合は、自作の入出金管理ツールの「銀行明細ルール表」に書いています。その表をもとに、紙やExcelで書くならこの形、という見本です。横にスクロールできます。
| 通帳の文字 | 入金/出金 | 金額の条件 | 入れる科目 | 判断の理由(手で確認する理由) | 最終更新日 |
|---|---|---|---|---|---|
| リース会社名 | 出金 | なし | リース料 | リース契約の毎月の支払い。契約内容を確かめて登録し、契約や引き落とし額が変わったらもう一度確認する | 2026/○ |
| カード会社名+ブランド名 | 出金 | なし | 未払金(カードごとの補助科目) | ブランドが違うカードの引き落としを分けるため。「カード会社名」だけの行より上に置く | 2026/○ |
| 元請の会社名 | 入金 | なし | 売掛金(建設業の正式な科目名は完成工事未収入金。元請ごとの補助科目) | 会費や手数料が引かれる相手は、請求書と並べて手で入れる | 2026/○ |
| 大家の会社名 | 出金 | 物件ごとの金額ちょうど | 地代家賃(物件ごとの補助科目) | 金額が変わったら要確認 | 2026/○ |
| (空欄) | 出金 | 住民税の合計額ちょうど | 立替金(人ごとに行を分ける) | 摘要が空欄。6月分や人の出入りで金額が変わるので、変わったら要確認 | 2026/○ |
科目名や相手の名前は見本です。自社で使うときは、取引の中身を請求書などで確かめてから、自社の科目に置き換えてください。給与から天引きした住民税は、一般には「預り金」で処理します。私の会社は立替金を使っているので見本もそれに合わせていますが、そのまま自社に当てはめず、税理士に確認してください。日付は見本です。「最終更新日」は、私のルール表にはなかった列ですが、紙やExcelで作るなら必ず足してください。古い判断が今も使えるとは限りません。最終更新日があれば、後任は必要なときに書類や税理士への確認をやり直せます。
右から2つ目の「判断の理由」が、この表でいちばん価値のある列です。手順書には書かれない、その会社ならではの判断がここに残ります。

保存場所は1か所にする
判断メモは、会社の共有フォルダに1つだけ置きます。自分のパソコンの中や、手元のノートには置きません。後任が最初に開く場所に、1つだけです。置くのは、仕事で必要な人だけが開ける共有フォルダです。住民税の額のように従業員ごとの情報を含む行があるなら、開ける人を経理と社長に限ります。
判断メモの土台になる、一般の簿記と建設業の科目の対応表、毎月と決算のチェックリストは、私のKindle本の付録にまとめています。
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『建設業の経理 はじめの一冊』をAmazonで見るルール表を育てて分かったこと
私の銀行明細ルール表は、いま113行あります。入出金管理ツールが通帳の明細を読み、この表の上から順に照らし合わせて仕訳を作る仕組みです。多くは相手ごとの登録で、過去の明細からまとめて登録しました。表にない明細が出るたびに、1行足しています。
ツールがなくても、紙やExcelの判断メモにそのまま効く決まりが4つあります。
似た名前の相手は、長い名前を上に書く
通帳には、似た名前が並びます。同じカード会社でもブランドが違えば、別のカードの分です。「カード会社名+ブランド名」の行を、「カード会社名」だけの行より上に置かないと、全部が同じカードの分になってしまいます。
会社の種類を表す「カ)」や「ユ)」が頭に付く相手も同じです。例外を先に、原則を後に。並び順も、判断のひとつです。
通帳の文字だけでは決まらない取引がある
後任がいちばん迷うのは、ここだと思います。私の会社では、たとえば次の3つです。
- 同じ大家に払う3つの物件の家賃。通帳の文字は同じなので、物件ごとの金額で見分けます
- 従業員の住民税。摘要が空欄で引き落とされるため、合計の金額で見分けて、人ごとに分けます。金額は6月分から変わり、人の出入りでも変わります
- 借入金の返済。1行の引き落としを、元金と利息に分けます。借入ごとの返済予定を控えておき、引き落とし額が予定と違うときは確認します
金額の条件や分け方の決まりを書いておけば、後任は手順書に「住民税を仕訳する」とだけあるより、ずっと早く入れられます。
濁点のついたカタカナは、別の文字になる
通帳の明細では、「ダ」が「タ゛」のように、濁点が分かれて印字されることがあります。同じ相手なのに、表には2行が必要でした。後任が「この相手の行がない」と迷う原因になります。通帳の文字は、見た目で直さず、印字のまま写す。これも判断メモに書いておく決まりです。
元請からの入金は、相手によって手で入れている
ルール表があっても、すべてを自動にはしていません。元請からの入金のうち、会費や手数料が差し引かれて入ってくる相手は、請求書と並べて確かめながら入れています。通帳の金額が請求額と合わないからです。
もう1つ、同じ入金を原価管理ソフト(工事ごとの費用と売上を管理するソフト)にも工事ごとに入れる必要があります。そのソフトは入金のデータを一括で読み込めないので、どの工事の分かを確かめながら、1件ずつ手で入れています。
ATMの入出金や、人ごとに分けるカードの引き落としも手作業に残しています。自動にしない理由まで表に書いてあれば、後任は「なぜ自動にしないのか」で立ち止まりません。明細を読み込む流れは「信用金庫とメガバンクで回す振込・入金確認の実務」に書いています。

私の表には、「誤送金のときは仮払金を使う」という行もあります。間違えて送ったお金を仮払金(科目や金額が決まるまで、払ったお金を一時的に置いておく科目)で出し、戻ってきたら消します。めったに起きない取引こそ、表に残す価値があります。誤送金を防ぐ工夫は「似た会社名で誤送金した日と再発防止の工夫」に書きました。
一人経理が判断メモのほかに後任へ渡すもの3つ
私が渡すなら、判断メモのほかにあと3つです。
1.取引先ごとの決まり
判断メモが「科目」を残す表なら、こちらは「相手との約束」を残す表です。相手の名前、締め日、支払日、差し引かれるもの、メモの5つを、相手ごとに1行書きます。
私の会社で大きいのは、安全協力会費(元請の安全活動のための会費)です。元請から請求額より少なく入金されることも、自社が協力会社への支払いから差し引くこともあります。相手ごとの率と計算のしかたが表にあれば、後任は入金のたびに元請へ聞かずにすみます。外注費の仕訳と支払いの管理は「外注先への支払い管理」にまとめています。
2.年間・月次の段取り表
毎月の締め日と支払日、年に1回の仕事を、月ごとに1枚にしたものです。作り方は「一人経理がつらい時に見直すこと」の年間カレンダーと支払い一覧をそのまま使えます。
3.自作ツールの使い方メモ
私の会社には、AIと一緒に作った入出金管理ツールがあり、ルール表もその中にあります。使い方が分からなければ、後任は手で全部やり直すことになります。「どの画面で何をするか」と「困ったときに誰に聞くか」を書き、パスワードは書きません。ツールがない会社なら、会計ソフトの手順を画面の写真つきで残すのが同じ役目です。守るべき決まりは「自作ツールで会社のデータを守る5つの鉄則」に書きました。
今週できるのは「迷った判断を1行残す」こと
次に迷った取引が来たとき、その場で1行書く。引き継ぎの準備は、それだけで始まります。科目が分からなければ「要確認」と書いて残し、税理士に聞いた答えが出たら表に足してください。
一人で経理をしていると、自分が休むと支払いや入力が止まる不安があります。判断メモは、休む自分と、来年の自分のための表でもあります。
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まとめ:理由を残せば、後任も自分も迷う時間が減る
帳簿に残るのは結果だけです。判断メモに「なぜ」が1行あれば、後任が迷う時間はぐっと減ります。去年の自分の判断を探す時間も減ります。
まずは、次に迷う1件からです。判断メモの1行目を、今週のうちに書いてみてください。
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